おはようございます!
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

入江 元太@入江感動経営研究所です。

1月20日:大寒!
1月21日:東京地方今季初雪!(入江の記憶の範囲内では)

という季節ですが、これが底で、これから温かくなるはず!
そんな春への希望が芽生える昨今、お元氣様でお過ごしでしょうか。

さて、今年初の弊社主催イベントは、
「歴史に学ぶ朝会 〜杉浦千畝さんに学んだ、天に恥じない生き方」
でした。

その話に大感動した綿引が、興奮冷めやらぬ感で記事を書いています。

よろしければ、ぜひ、ご覧ください(^^♪

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■ NEWS!

▼1月22日(木)@東京池袋
 『笑顔あふれる組織をつくる!ディズニー・セミナー』

▼2月3日(火)@東京港区
 『日本でいちばん大切にしたい会社』特別講演会

⇒詳細・申し込みはこちらから!
 http://irie-kando.com/irieseminar/

▼2月25日(水)東京国立市
 『福祉・新人研修の決定版!新人研修のつくりかた』

⇒詳細・申し込みはこちらから!
http://kokucheese.com/event/index/256435/

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綿引志帆@入江感動経営研究所です。

新年初の歴史に学ぶ朝会は、入江の師、臥龍先生をお招きし、
「杉原千畝さんに学んだ、天に恥じない生き方」
について講話いただきました。

ユダヤ人が最も尊敬する日本人
「杉原千畝さん」をご存知でしょうか。

日本のシンドラーと呼ばれ、
命がけで、6000人にも及ぶ尊い命を救いました。

この講演会がとても感動したので、
心に響いた3つのお話について、お伝えしますね^^

1、杉原千畝さんの覚悟の大きさ

杉原千畝さんがユダヤ人のビザ発給は、
日本の「ビザ発給を認めない」という命令を違反しなくてはなりませんでした。

ビザを発給したら、家族もろとも殺されるかもしれない。。。
しかし、いま目の前にいる多くのユダヤ人を、見殺しにするのか。。。

4日間寝ずの葛藤。
ふと、まだ幼い杉原さんの長男が、
「お父さんは、この人たちを見捨てないよね」
と、千畝さんに言いました。

その言葉が胸に刺さり、
千畝さんは真の国益、そして人道を貫き、ビザを発給しました。

1ヶ月、猛烈に書き続け、
リトアニア退去命令、
そして、「退去しなければ、杉原家の命の保証はしない」
と言われながらも、領事館を出てホテルで書き続けました。

調査員が派遣され、
2度目の「命の保証はしない」という脅しを受けながらも、

なお、ホテルから電車までの道すがら、
そして電車の中でも書き続けました。

当時、ビザの発給は、ただ判子を押せば良いだけではありませんでした。
個別の事情を聞き、渡航の理由を書かなくては行けないのです。

1日100通以上、計3000通ほどを書き続け、
食事のフォークが持てないほどの腱鞘炎になっても、書き続けました。

もしかしたら、家族が殺されるかもしれない。
・・・しかし、今目の前にいるユダヤ人を見殺しにはできない。

杉原千畝さんの命を賭した覚悟の大きさに、胸が締め付けられました。

2、想いのバトン

千畝さんがリトアニアを去った後、
虐殺されたユダヤ人は100万人を上ります。

千畝が発行した3000通のビザと、
ビザを持ったユダヤ人家族、約1万人。

シベリア鉄道を通り、日本に入ろうとすると、
船でわたらなくては行けません。

命からがら逃げてきたユダヤ人は、
船のお金も、滞在費も、次の国への渡航費もありません。

それを理由に入国拒否することもできましたが、
そのビザから杉原さんの想いが詰まっていたからでしょうか。

通過許可をした政府役人、
経済支援をした日本人、
そして、ビザの滞在日数を延ばした県知事、
その他、大勢の日本人がユダヤ人を支援しました。

「センポ(千畝さんのニックネーム)だけではなく、
 日本人みんな優しかった」

生き残ったユダヤ人が、
子どもたちに言っていた言葉です。

日本国という体面があり、
どうしても命令しなくてはいけなかったけれど、
心中では心を痛めていた方が多かったのではないか。。。

想いのバトンは受け継がれるだということを、感じました。

3、千畝さんの最期

人道を貫き、命をかけて発行したビザ。

しかし、日本に戻れば職を失い、
外務省では「賄賂を受け取ったからだ」という
言われもない噂が広がっていました。

また、同時に大切な次男を病気で亡くしました。

そんな不幸のどん底の中でも細々と生き、
人生がもう終わるという頃に、ユダヤ人に発見されました。

そして、ユダヤ人が外国人に贈る最高勲章を、受賞しました。
これで、やっと、千畝さんの名誉が挽回されました。

普通だったら「やっと報われた」と思うかと思います。

授賞式では、もう病の床に臥せっていた千畝さん。

妻の幸子さんが授賞式に行き、
枕元で「すばらしかったですよ」と伝えました。

ここで千畝さんが言った言葉。

「私の人生でいちばん良かったことは、
あなたと一緒に過ごせた時間です。感謝しています」

それを最期の言葉として、亡くなりました。

千畝さんの生き様に、本当に、感動しました。

次回、臥龍先生のお話が聞けるのは、
2月3日「日本でいちばん大切にしたい会社」特別講演会です。
http://kokucheese.com/event/index/256436/

坂本教授と、臥龍先生のコラボ講演会。
ぜひ、聴いてください。

*この内容は、メモをとらずに夢中に聴いていたため、
史実と異なる点もあるかもしれませんが、ご容赦ください^^

(綿引 志帆)

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■編集後記

杉原千畝さんの師を、ご存知でしょうか。

実は、後藤新平先生だったのです。
私は初めて知りました。

この歴史に学ぶ朝会、
そして「日本でいちばん大切にしたい会社 特別講演会」
を主催するAPRAでは、後藤新平先生の言葉を理念にしています。

「財を遺すは下
 事業を遺すは中
 人を遺すは上なり
 されど、財なくんば事業保ち難く
 事業なくんば、人育ち難し」

毎月1回、唱和しているだけですが、
空でも言えるくらい、しみ込んでいる言葉です。 

人を遺す経営。

といえば、「日本でいちばん大切にしたい会社」。
(こじつけではありません(^^;))

ぜひ、2月3日にお会いできますこと、楽しみにしています!

▼2月3日「日本でいちばん大切にしたい会社」特別講演会
http://kokucheese.com/event/index/256436/

(綿引 志帆)